カミュよ,このシュラが引導を渡してやろう。
【痴呆(アルツハイマー)治療薬･･アリセプト(塩酸ドネペジル)】「ツァラトゥストラかく語りき」ニーチェなんて読めるようになった。その瞬間私の心はぎゅっと掴まれた。あんな所にヌッと立ってて異様な存在感があるというか・・熱烈な創造意志が新たに人間へと駆り立てる｡鉄槌は牢獄を破るべく凄まじい力を揮う｡石(現実の人間)から破片が飛び散る｡私はこの制作を完成しよう。あらゆるものの中で最も静かな最も軽やかなものが一つの影が私を訪れた｡超人の美しさが影として私を訪れた。私の抑えがたい愛は溢れて川となって流れ東へ西へと向かう｡寡黙の山上から苦痛の荒天から私の魂は谷々へ轟き注ぐ。移ろい行く地上のものすべての賛美であり是認、自分の現在の在り方の意味の自覚、人類の向上に対する展望などの総合的認識、天を仰げ,天に向かって己の全ての力を開放しろ､解放された御前に敵はいない,無敵！！新しい我が道を行く｡新しい言葉が湧く｡叫喚と歓呼のように大海を渡って行こう。敵達も至福の一部,私の一部なのだ。胸が力強く高まる｡強烈な嵐を起こして山々を吹き渡らせるだろう｡そうすることで胸は軽くなる。幸福と自由とは嵐のようにやって来る｡だが敵達は邪悪のものが頭上に吹き荒れると思うだろう。感覚で掴んだものを究極まで考え抜くべきだ。君の愛と君の創造の力を携えて君の孤独の中へ行け｡時を経てようやく公正はびっこを引きながら君に付いて来るだろう。自分自身の中の多くの危険な要素と対決し超克する｡現在の自分を軽蔑して,より高い自分を創造する｡戦士たる真の男の中には子供が隠れている｡この隠れている子供が遊戯をしたがるのだ。「見よ,今こそ世界は完全になった」孤独のうちに真の創造者の道をとろうとする者の苦難と覚悟を説く｡厳しく自分自身を乗り超えて創造することが求められる｡しかし君の出会う最悪の敵は､いつも君自身であるだろう｡君自身が洞穴においても森においても君を待ち伏せしているのだ｡君は君自身に対して異端者となり､魔女,予言者,道化,懐疑者,不浄の者,悪漢となるだろう｡君は君自身を君自身の炎で焼こうと思う､いったん灰になり新しく甦る生れ変る。孤独な者よ､君は創造者の道を行く｡君は君の七つの悪魔から一つの神を自らのために創り出そうと欲すべきだ｡君は深い愛を持つ者としての道を行く｡君は君自身を愛し､それゆえに君自身を軽蔑しなければならぬ､深い愛をもつ者だけがするような軽蔑の仕方で。君は君自身が立てた善と悪とを自身に課することができるか、君の意志を掟として己の頭上に掲げることができるか、君は君自身に対して君の掟による裁判官となり復讐者となることができるか、それは荒涼とした空間と氷のような孤立の気圏へ投げ出された一つの星、君は一者として今日はまだ多数者のために悩んでいる。今日はまだ君の勇気と希望を全的に持っている。いつか君は叫ぶだろう「私は唯独りだ」かつて繰り広げられた世界が再び美しく巻き収められる、悪による善の生成として無意義からの目的の生成として、超人の理想を念頭において、己の深淵へのあまりに危険な自己沈潜、よい戦士の耳には「汝なすべし」の方が「我欲す」よりは快く響く。孫悟空と同じくらいの身体？少し大きい？恐らくは突然変異で生まれた超天才戦士､178cmも195cmも同じ,違いは差はない。快い一切の事を命令への服従としてなすべき、道徳観や義務観からの命令,行動、人間も枠も乗り越える乗り超えられる。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという、常に全力全身全霊１００％の自分でいくいること！！不老不死身の肉体と永遠の時間を無限の時を手に入れたのだ！この俺は！！この枠は！！良い男発見！！冷静なように見えて情緒不安定な激情家だね、そこにはなお光と並んで発作と稲妻と闇とがある。あらゆる分野も基礎基本から高度に専門的な領域まで理解し知り尽くしている。評価は創造である｡評価そのものが評価を受ける一切の事物の要であり精髄である。君は若い。君は勝利の力を持つ人か、自己克服者か、官能の統治者か、君の持つ諸々の徳の支配者か、英雄のように真理をたずねる旅、君が達成した勝利と自己解放の為に生きた記念碑を建てる。覚えておけ､いずれ御前はすべてを手に入れる存在、いずれ何もかも全部御前の思う望むようになる、すべては御前になるのだ。魂の蜜に懇願する。己を贈り与えるのが最高の徳,しかもそれは大地に忠実な生,大いなる正午を実現する為の徳,通常性を離れた稀有のもの,輝きを持っていてその光が柔和であるからだ｡それは常に自分自身を贈り与えている｡進んで犠牲となり贈り物となる｡それゆえ君はあらゆる富を己の魂の中へ集めようと渇望する｡飽くことなく君の魂は富と宝玉を得ようと努めている｡君はあらゆる物を君のもとへ君の中へと力強く呼び寄せる。それは君がそのあらゆる物を君の泉から愛の贈り物として再び外に流れ出させようとしているからだ。我らの道は上に向かってのぼる､種から超種へとのぼる｡我らの心は上に向かって飛ぶ。すなわちこの心は我らの生きた肉体の比喩,向上の比喩である｡諸々の徳の名称は,このような向上の態度の比喩的表現である。生々流転枠、このようにして肉体は歴史を貫いて進んで行く、生成するもの,戦うものとして｡そして精神とは肉体にとって何であるか､肉体の戦闘と勝利を知らせる伝令使,肉体の同志,そしてその反響である。君の肉体は高められ復活した、その肉体はおのが歓喜で精神を酔わせ、こうして精神は創造者となり,評価者,愛を注ぐ者,そして万物への恩恵者となる。君の心情が大河のように満々としていて,そのほとりに住む者たちへの祝福とも危険ともなるとき、そのとき君の徳の根源は生まれる｡君が毀誉褒貶を超えて高くなり君の意志が愛を注ぐ者の意志として万物に命令しようとするとき,そこに君の徳の根源は芽生える｡心情が自己を浪費することを恐れず外に働きかける時たとえそれが他者への危険となっても真剣さが徳の根源となる。君の精神は世界万物の中心となる。万物の価値を判定し万物に各々その所を得させる。この人に護ってもらうの,あたしがこの人を守ってあげるの。あらゆる意味で、ドイツは厳しくて堅い感じ,フランスは優しくて柔らかい感じ､ドイツ文学好きです。優れた人間は喧嘩,戦闘も肉体的にも強くなければならない、頭脳はかつての宇宙最高,精神の領域は肉体の枠を越え大きく広がっている。君たちが確立した一つの意志を意志する者となり一切の困苦を転回させることが君に必然の名で呼ばれるとき、そこに君の徳の根源は生まれ出た。真に､そのときの君の徳は新しい善と悪(自主的な新しい価値観)、新しい深い水の轟,新しい泉の声,力だ,この新しい徳は。支配する力を持つ高く強い思想だ。そしてそれを中心として一つの怜悧な生き物が行動する。金色の太陽に巻き付いている認識の蛇だ。自主的な生の発現、精神の目覚めが太陽、それに基づいて新しい独自な価値観を立てようとする認識の働きが蛇、観念的な天上の世界、幾千年に亘る理性ばかりでなく幾千年に亘る妄念も我々の内部から爆発して外へ飛び出る｡それらを嗣いでいる者の身は危険、幾千年を経た後の後継ぎである我々、光明的なものと種種の暗黒面を嗣いでいる。肉体は知を増しながら自ら
