キリスト教でも仏教でも禅でも神秘学でも参考になるところは沢山あるけれど、それでも、それでもこの心が死ななければならない地獄から救われるには程遠い。考え方だけじゃ駄目なんだ、現実に何を思い想い考えるかだけじゃ駄目なんだ、現実の圧倒的な力が入らないと、過去のトラウマが重い、どうしようもななく酷い現状が重い、昔はあれだけ素晴らしく輝かしい未来が広がっている筈だったのに、今のこの様が重い。目は燃える炎のようであった。その足は、路で精錬されて光り輝く真鍮のようであり、声は大水の轟のようであった。その右手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝く太陽のようであった。私は初めであり終りであり、また生きている者である。私は死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして死と黄泉との鍵を持っている。そこで、貴方の見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書き留めなさい。初めであり終りである者、死んだことはあるが生き返った者が、次のように言われる。私は、貴方の苦難や貧しさを知っている。燃える炎のような目と光り輝く真鍮のような足とを持った神の子が、次のように言われる。私は、貴方の業と愛と信仰と奉仕と忍耐とを知っている。また、貴方の後の業が初めのよりもまさっていることを知っている。勝利を得る者には、私と共に私の座につかせよう。それはちょうど、私が勝利を得て私の父と共にその御座についたのと同様である。此処に上って来なさい。そうしたら、これから後に起るべきことを見せてあげよう。聖なるかな。全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがて来るべき者。我らの主なる神よ、貴方こそは、栄光と誉と力とを受けるに相応しい方。貴方は万物を造られました。御旨によって、万物は存在し、また造られたのであります。救は、御座にいます我らの神と子羊から来る。賛美、栄光、知恵、感謝、誉、力、勢いが、世々限りなく、我らの神にあるように、アァメン。神を畏れ神に栄光を帰せよ。神の裁きの時がきたからである。天と地と海の水の源とを造られた方を伏し拝め。全能者にして主なる神よ。貴方の御業は大いなる驚くべきものであります。万民の王よ、貴方の道は正しく真実であります。私はまた新しい天と地を見た。見よ、私はすべてのものを新たにする。書き記せ。これらの言葉は、信ずべきであり真である。事は既に成った。私はアルパでありオメガである。初めであり終りである。渇いている者には命の水の泉から価なしに飲ませよう。勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。私は彼の神となり彼は私の子となる。貴方が言葉を述べるときは義とせられ、貴方が裁きを受けるとき勝利を得るため。今や貴方は罪から解放されて神に仕え清きに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである。神の賜物は永遠のいのちである。今のこの時の苦しみは、やがて私たちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。被造物は実に切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。
