今枠こそが！！今枠だけが！！
今枠も全部の時期の枠、今全時期枠、全部の時期の過去も未来も今の枠だ。現実も埋め尽くし知り理解するが常に現実以上、意識は常に宇宙へ飛んで行って居る、超常超越の域だ。元々背が物凄く高い上に爪先立ちして歩くから摩天楼のよう、あんな処に突っ立ってると電柱みたいね。後から押される焦燥感が加速度的に勉強効率を上げ高める。人間のあらゆる営みは生き延び豊かになるためにある。へーゲルにとって現実とは、空間として見れば国家であり時間として見れば歴史であった。個人は個人として無限の価値が認められる近代的個人でさえ国家あるいは歴史に随順し、その目指す処を自らの目的とすることで有意味な存在たりえた。歴史の動態性と全体性、歴史の弁証法を救う前提であった。へーゲルの壮大な歴史体系は、一人一人の生身の人間を影の部分に押しやることによって初めて獲得されたものであった。歴史の全体像を描こうとするとき、そこに生きる個々の人間が抽象化される。個人を全体の一関数として扱うのは歴史家の宿命だろうか。へーゲルが、個々人は民族の子であるとか時代の子であるというとき、全体を逸脱する個人的要素を歴史から切り捨てる歴史観上の当為をも意味していた。全世界を視野に収めるかの如きへーゲルの壮大な歴史体系、対立を克服することによって一層高次の統一を目指す弁証法家へーゲル、偶然性とは外的必然性と同義であり、それ自身外的な状況たる原因へと還って行く必然性と同義である。
