俺の枠の中から内から内部から薬ごと濁った心ごと脳を細胞を中身を体外に外へ外部へ吐き出した。今は私は、愛する崇拝するものを持ち再び理想を得た。生活は再び予感と多彩な神秘的な薄明に満ちていた。私は再び自分自身を我が家とするようになった。ある種の感動からあの時期を思い出す。私は再び心からの努力をもって崩壊した生活の一時期の残骸の中から明るい世界を築こうと試みた。私は再び自分の中の暗いものと悪いものを片付けて完全に明るいものの中に留まろうという唯一つの願いに浸り神々の前にぬかずいて暮した。いずれにしても今の「明るい世界」は私自身の創造だった。自分自身によって考え出され要求された新しい奉仕で責任と自制とを伴っていた。今この神聖な火の中で性欲を変容させて精神と礼拝とにしようと思った。私はすべてを変え、すべてのものに清浄さと高貴さと品位とを注入しようと試みた。不思議な印象を受けた。それは神々の像、あるいは神聖な面の一種のように思われた。半ば男性、半ば女性で、年というものがなく夢想的であると同時に意志の強さを持ち秘めた生気を持つと同時に強張っていた。今また夢がやって来た。全く新しい種類の幻だった。それは生きて話をしたり私に親しくしたり或いは敵意を持ったり、しばしば歪んでしかめ面になったり、果てしなく美しく調和的に気高くなったりした。私自身、私の生命をなしているもの、私の心、私の運命、私の精霊、私の生も死もそのとおり、それが私の運命の響きでありリズムであった。運命と心とは一つの観念を表す名称である。それを今私は理解した。穏やかな和合、朧気ながら感情の籠もった気持ちを覚えた。それは、お前は私と結び付けられているのだ、お前の似姿、お前は私の運命の一片だ。君の生命を作っている、君の内部の者には分かっている、我々の内部に、すべてを知り欲し我々自身よりよくなす者が居る。
