俺の枠の歴史は宇宙の歴史、宇宙の進化の歴史でもある。
16歳を軌跡道程を今に枠に呼び覚まし起こし引っ張り引き摺り出し返し起こし16歳も軌跡道程も今枠！！新しい自分にチャレンジする。自分の人生の歴史を再認識する。過去が今に過去の枠が今の枠に！！過去も今、過去の枠も今の枠、完全復活顕現発現再現体現出現！！何処か異質というか異世界異次元の住人というか・・それでもこの字を書き込み入れ印刷し続けた事により少なくとも精神は激しく変容したことは絶対確実なる事実だ。華麗で不可思議な美しさを秘めている。雨が晴れ上がったように、すっきり解放された気分になった。宇宙という言葉を分解すると、宇は上下四方の空間的広がり、宙は過去現在未来の時間的広がりである。アインシュタイン宇宙と中国古代宇宙の一致？古今東西を含む気宇広大な宇宙観である。枠も世界も宇宙も生き物であり生成進化する。神々が英雄として登場し活躍する。ここに全精力を注ぎ込む。できるだけ基本的なものへ還元していこうという今日還元主義といわれる近代科学の推進原理の一つである。たとえば人間の個体より細胞より蛋白質より分子より原子より素粒子にと還元していく。基本的に考えて突き詰めていくと、個々バラバラの原子の世界に帰せられる。宇宙は気から構成される。気は宇宙をへめぐり循環して世の中を動かす。一つの小さい世界が千個集まって中世界に、中世界が千個集まった大世界になるというヒエラルキー、階層的な宇宙、無限に近い開けた宇宙像をもっている。無限の宇宙の中に放り出されて目まいを感じる。陰陽が相補的に補い合い循環があり、組成・構成因子としてよりも作用・機能として考える。個性は無限な存在、個性は個性自身の働きにおいて区別され、個性の唯一性はそれが独立な存在として自足的な発展を遂げるところに成立するのであって、個性は自己活動的なものである故に自己区別的なものとして自己の唯一性を主張し得る。もとより私が世界過程の如何なる時に生を享けるかということは、恰も音楽の一つの曲の如何なる瞬間に或る音が来るように必然であろう。時間の形式よりは時間そのものを体験する。個性を理解しようと欲する者は時の流のざわめきを超越する。単なる認識の形式としての時間から解放されて、純粋持続に自由に身を委せる。一様に推移し流下する黒い幕のような時の束縛と羈絆から遁れ出るとき、私は無限を獲得する。自己活動的なものは無限なものである。無限なものにおいては部分は全体が限定されて生ずるものとして常に全体を表現している。私がすべての魂を投げ出して働くとき、私の個々の行為には私の個性の全体が現実的なものとして常に表現されている。無限なものは一つの目的、または企図に統一されたものであって、その発展の一つの段階は必然的に次の段階へ移りゆくべき契機をそのうちに含んでいる。理智の技巧を離れて純粋な学問的思索に耽るとき、感情の放蕩を去って純粋な芸術的制作に従うとき、欲望の打算を退けて純粋な道徳的行為を行うとき、私はかような無限を体験する。ただ体験される無限は、つねに価値に充ちたもの即ち永遠なものである。それは規範意識によって一つの過程から次の過程へ導かれる限りなき創造的活動である。超時間的で個性的な内面的必然性である。彼が彼自身になった。私の個性は更生によってのみ私の内に生れることができる。個性は宇宙の生ける鏡であって、一にして一切なる存在である。恰も相集まる直線が作る無限の角が会する単一な中心の如きものである。すべての個別的実体は神が全宇宙についてなした決意を表しているのであって、一個の個性は全世界の意味を唯一の仕方で現実化し表現するミクロコスモスである。個性は自己自身の内に他との無限の関係を含みつつしかも全体の中において占めるならびなき位置によって個性なのである。しからば私は如何にして全宇宙と無限の関係に立つのであるか。私はむしろ孤独を求める。人は星を眺めるとき最も孤独である、永遠なものの観想のうちに自己を失うとき私は美しい絶対の孤独に入ることができる。神の予定調和にあって他との無限の関係に立っているのか、神の意志決定に制約されて全世界と規則的関係に立っているのか。一つの必然に機械的に従い、私の価値は私を超えて普遍的なものに依存しているのか。孤独とか創造の内に深く潜み入るとき、私は宇宙と無限の関係に立ち、一切の魂と美しい調和に抱き合う。そのとき私は時間的世界を超越して、宇宙の創造の中心に自己の中心を横たえている。無限の心を知れ。愛の心を知れ。愛とは創造であり創造とは対象に於て自己を見出すことである。一にして一切なる神は己自身にも秘密であった。それ故に神は己を見んがために創造せざるを得なかった。神の創造は神の愛であり、神は創造によって自己自身を見出した。一切のものが光と色との美しい交錯において拡げられる。なんじ心を尽し、精神を尽し、思を尽して主なる汝の神を愛すべし。ルネッサンスとは、よみがえること、再生、回復、復位、復権、巨大な体躯をもった主人公の誕生および幼年時代、修行遍歴時代、超人的武勲の物語から成り立っている。無限の偉大さと無限の卑小さの中間にある存在、長所も弱点も美徳も悪徳も善行も愚行も、内と外にある一切のもの、ありとあらゆる外見、内容、本質等々そうしたものすべてをひっくるめて全身像を描き出す。美しいもの清らかなものと一緒に醜いもの汚らわしいものも描かれる。フランスの文学史には、純粋な文学者ばかりでなく、科学者や哲学者なども数多く名前を連ねております。これは、作者の取り扱う問題が科学的なものにせよ哲学的なものにせよ、これが人間存在の究明と不可分のものである限りにおいて、また、それが美しい言葉、快い表現で綴られている限り、文学作品と考えられるからであります。人間が人間のために人間を探求する文学である。この放蕩児は同時に天才的な詩人、波乱に富んだ生涯、美と醜とのこの不思議な混淆、苦々しい憂愁、胸をかきむしる悔恨の情をも吐露した。形式がいくつかの段階を経て複雑化し発展していく。これで俺の枠の力は無限になった、人間のやる事なら何でも出来る。
