全体は部分の総和以上、一つの全体として把握する。
ある限られた空間に、ある物理量が連続して分布している、物理学では場と呼ぶ。生命場のエネルギーが命だとして身体心命の三要素が渾然一体、これを丸ごと捉える。生命の躍動とは生命場の爆発、これこそ養生の要諦、生命場が小爆発を起こして生命場のエネルギーが励起しながら向上していく。生命の躍動の次の瞬間、生きる喜び歓喜に包まれる。要諦と極致、即ち生命の躍動と歓喜、気の養生、正気を養うことを主たる自己鍛錬法、虚空と一体となる、心身を虚空に向かって寛放する、心がときめく。偉大な巧妙な手段を用いる智慧を示すことでは最高に熟達している。繋縛も障害もなく智慧を発揮する力を持ち自信に満ち感覚機能の力を持ち悟りを達成する素質を具え瞑想して心を静め迷いから脱し精神を統一して心身を平安にさせることが出来るという不思議な特質を賦与され種々の教えを宣揚する。偉大な驚嘆すべき不思議なものを得た。最高の驚嘆すべきものを得た、個々の事象を知っており、あらゆる現象を教示することさえ出来る、あらゆる現象を正に知っている。神々と人間とが住む世間において偉大なる勇士（仏）は無量である。嘗て幾千万の仏のもとで意味深遠でかつ微妙で見極めがたく理解しがたい数々の修行を余は修めた。仏の教えは深遠微妙しかも清浄である。偉大な聖仙である仏は長い間最高の意義を語る。余が平安の境地に達したことによって鼓舞されて各自に悟りに到達しようと努力し始め連続して起こる苦悩から解放された。余の悟った教えは深遠である。余の微妙な言葉は意味深遠で理解しがたい。余が達成した威力と迷いからの解放と瞑想とは測り知りがたい。人間の太陽（仏）、一切を知る者、生老病死・憂い悲しみ苦しみ失望当惑を克服して遂には悟りの境地に達する。完全に悟りに到達した阿羅漢の如来、完全な学識と勝れた諸行を具え、この上ない幸いに到達して最もよく世間を知り神々と人間の教師であり仏であり世尊であった。初めも中間も終りも優れ外形も内容も良く完全無欠で清浄な梵行を説き明かした。私は偉大な聖仙に教え導かれて、この世において最高の完成に達した。余は真実をありのままに確実なことを語る者、正しい教えは推理の範囲を超え如来のみが理解する。如来は唯一つの目的・唯一つの仕事のために、この世に出現する。それは偉大な目的であり偉大な仕事、この世に出現する目的、人々も、すべて、この上なく完全な悟りを得た。未来において十方にある数多くの世界に如来たちは出現する。時代の曲がり角では経営者という個人の占める比重が圧倒的に高まってくる。企業というものは環境変化に応じて変わっていく永遠の運動体、時代の状況と価値観の変化に応じて経営のノウハウは常に変わっていく。変化の時代ほど振幅は激しい。経営は常に仮説であり未知の部分が含まれ、一社一心の団結と忠誠心というイデオロギーが途方もない効力を発揮したときもあれば生産性がオールマイティの時代もあった。個々の組織におけるマネジメントの役割がますます大きくなっていく。情報を知識に転換し行動に具体化することこそマネジメントの役割、知識労働者はマネジメントに新しい課題を齎す。マネジメント「知識を行動に具体化することに責任をもつ者」と定義した。専門分野としてのマネジメントを更に発展させ輪郭を明らかに体系化し一層の研究を必要とする領域を示す。それは科学であると共に技能、実務は科学的理論を基盤とする、厳密であって正しさを証明できるもの、同時に個別具体的で経験と洞察を必要とする応用、「何故」「何を」「如何に」行うかを知る。組織における意思決定と行動は、すべて組織全体に影響を与える。組織とは優れて人間的な存在であり社会的存在、信頼、相互理解、動機付けによって左右される。組織なるものと、その使命、価値観、目標、成果についての知識が必要となる。マネジメントとは事業に命を与えるダイナミックな存在、主導的存在、基本的かつ支配的な機関として存在する。それは経済システムの特性と人的物的な生産資源を託された組織体のニーズを考えれば必然、現代社会の信念の具現、資源を組織化することによって人類の生活を向上させることが出来るという信念、経済発展が人類福祉の向上と社会正義の実現の強力な原動力になるという信念である。アメーバ経営においても人の心がベースとなっている。人体に何十兆という細胞があり一つの意志のもと全てが調和しているように会社にある何千というアメーバ（小集団組織）がすべて心を合わせてこそ会社は一丸となれる。時には競争しながら互いに尊重し助け合い全体としての力を発揮する。トップからアメーバ構成員に至るまで信頼という形で結ばれている。
