全然駄目だと思うけれどそれでも玉砕覚悟でやってみますか。
若き日々のハロペリドールアーテン長期投与が不味かったのかアナフラニールデパケン大量投与が不味かったのか？体外に中身ごと広げ広がり拡大拡張拡充し続ける運命論理だったなら宇宙への字と女子供と骨髄だけは絶対に出来るべきだったが？骨髄も彗星への名前打ち込みも月に願いメッセージも全然予想外だった、今これからやるんだ。世界に染み込む様に知り尽くし心で包み込み我が物とする。史上最も優れた16才から軌跡道程の中に点々とは何度も多少マシな時期があった、その全部の時期も今にあり全当時の今枠脳心身体である。必要なものは正しく覚ること、今こそ天授の教えを実行する。修行の完成の境地（悉地）を究められた御方、一心に集中する修行の完成した境地（悉地成就）の不思議な力により祈願を込めてお願いしたすべてが成就する。自我の広がり、普遍我と一体となった時の甘美で崇高な体験、身体に力が出て来ているのを感じる、貴方の細胞はエネルギーで爆発しようとしている、真実で清らかな存在、幻覚の段階、再生体への回帰、研ぎ澄まされたような感覚の昂揚、永遠の時間との接触、脈打つエネルギー鼓動の実感、内なる火の流れ、全身の溶融流体感覚、意識の拡張、魂の離身から再生への過程を修練として経る、すなわち宗教的死の体験を持つことによって不死性を獲得し輪廻を遂には離脱出来る。生きながらにして宗教的死を経過し、生前解脱に実にヨーガ行者は文字通り命を賭けた。この世ならざる境地、覚りの境地と死の状態との間は共に神的なもの、魂の旅を一貫してその根源まで遡り其処に個々の人間としての誕生以前の過去の生命の源泉とでもいうべきものを見出す。魂を構成する根源的要素がすべての人にわたって驚くばかりの均一性を示し、人間に永遠に受け継がれてきた基本的構成原理、元型とも名付けられるような無意識的魂の普遍層の存在が実感される。主体それ自体の具有する超主体的の実在性の示現出、意識はすべての形式すべての対象へのとらわれから解放された原初の状態に還帰し融入している。意識は時間を超越している。魂の普遍層、人間の生そのものが全体としての本来的な十全の在り方の感得、無限の生死の連続繰り返しの彼方に浮き出て来る。光の体験、薄明りの誘惑、受胎感覚、離身して高所から自分を眺め下ろす体験、集合的無意識、前個的無意識、超個的無意識、アストラル体投射、オートスコピーといった主張の根拠となっている。行者の身体を宇宙的身体に見立て相即即応とそれらの統御をはかるのはタントラヨーガの基本、『チベットの死者の書』は仏教密教ヒンドゥー教の複雑な思想と文化の交錯する網の上に乗って巧みに構成されたものである。輪廻からの解脱という目的のもとに「空なるものを」求め意識を集中して行う身体的ヨーガの実践修法、身体の脈管の基底部にある内部熱を意識し活性化させる、幻身、行者が自己の身体を鏡に映して陽炎雲などと観想ながら本質を空性であり幻であると覚知する、覚醒時と無眠時の意識が共に空性を本質とすることを覚知する、心を集中させると心には空性を本質とする光が輝く、これを世界展開が開始される以前の原初の実在そのものとして覚知する、空性の体得の実修、意識を身体から脳天のブラフマンの孔を通して引き抜き原初の蔵ともいえる仏の世界へと転移させる、自身の意識の空無化、仏の世界へと移行させる。輪廻からの解脱というテーマのもとに統一された空性の実践的観法としての体系を持つ、一人の行者がそのすべてを完修する。身体ヨーガ的瞑想修法が完成されたときの境地は究極的真理の開顕として〈マハームドラー（大印契）〉、言葉による一切の修飾表現を離れた空そのもの、不生不変、自然生得である至高の真理がそのままの姿で自ずから現れたもの、そのもの全体全面としての俺から中心核としての今枠脳心身体である。
