大きいなー・・こんなに大きく高く強く逞しく美しくなっていたのか奴は・・
本来ロゴスの内容でありエロスの対象というべきイデヤは、ギリシャ人の考えていた実在即ちギリシャ哲学における実在を言い表すものとしては、プラトンのイデヤは最も適当な深い概念といえる。ギリシャ文化の中心概念、ギリシャ哲学はプラトンのイデヤ説に至って自己自身の求めつつあったものを見出し自覚した。その後のギリシャ哲学もイデヤを中心として回転した。プラトンに比しては近代科学的というべきアリストテレスはプラトンの行方を逆に個別的なるものを中心として考え実在とした。彼の実在もイデヤ的、アリストテレスのエネルゲアの背後にはプラトンのイデヤがある。この世界を自然界と見て自然科学的に考える、この世界を表現界と見て社会的歴史的に考える、ギリシャ哲学者の考えた世界は自然より表現の世界である。この世界の根底に自然を置いて考える人は歴史の背後にも自然界を見るであろう。この世界の根底に歴史を置いて考える人は自然の背後にも歴史を見るであろう。一般者の自己限定、ギリシャ哲学の見方の中に近代科学の見方を入れる。個物を限定する一般者、無の自己限定、無の自覚的限定は社会的歴史的限定の意義を有つ。社会的歴史的限定の底には自己自身を否定することによって自己自身を肯定する、即ち死することによって生きる絶対愛という如きものがある。プラトン彼こそは過去幾千年における真に偉大なる哲学者であった。アリストテレスは学者であった。彼の書を読むにつれて今なお彼の思想の深さ大さに驚く。シラーはホメロスを詩の海といったが、プラトンは思想の海とでもいうべきであろう。その後の哲学者の仕事は彼の饗宴の残物といえる。デカルトは合理主義的哲学の元祖、考え方の直感的なこと、直感に訴える。元来芸術的と考えられるフランス人は感覚的なものによって思索する。感覚的なものの内に深い思想を見る。明治以来の文学は、今や主観的な思い出話の領域から客観的な文学史の対象にと変わりつつある。厳正に作品の文学的価値に基づいた歴史的展望が可能になった時期に到達したといえる。明治以後一世紀の日本文学を鳥瞰する時、この一世紀が日本文学史の中では勿論、世界の文学史の中でも変化に富む多彩な文学時代であったことに気づく。この百年は作品の量では優にそれまでの千年余に及ぶ日本文学の作品全体を凌駕する。試みられた様々の実験、多様な作風とその変遷を見るとき、これが僅か一世紀の間になされたのかと驚嘆する。古今東西の文学の雛型はすべて揃っている上、世界に一つだけのユニークな文学もある。豊穣さ多様さがなぜ生まれたか、第一に強大な西洋文明との急激な接触のため、似通った文明が長年月かかって滲透し合う場合とも未開の地域へ拡がる場合とも異なり、中国文化の影響のもとに千年以上の年月をかけて作り上げた、しかも二百年余の人為的な鎖国のため、純粋培養ともいうべき特殊な高度に洗練された文化を持った日本、突然全く異質な西洋文化と接触した。異質な二つの文化がぶつかり合うという世界史にも稀なドラマ、それに加え、この一世紀の日本の政治的経済的社会的思想的な急激な変化が文学を揺り動かす。西欧文明の影響は日本の社会、日本人の意識を変貌させていく。日本が漸く近代に到達した時、世界は既に混沌たる未知の現代という時代に突入していた。日本文学は更に複雑な様相を呈する。昭和の文学、戦後の文学の混沌はその象徴的な表れといえる。
