巨人が倒れた、巨星墜つ。16歳から広がる軌跡道程さえ枠にあれば、また完全復活大打開大逆転し完成も可能だ。力こそが全てなのだ、だから無限の無限大∞の絶対圧倒的な力を持つ御前こそが全てなのだ。全体の流れに同化して流れと一つに、そのものになるのだ。全宇宙中世界中の気を力をエネルギーを中心核枠という一身に集め集まり爆発し充実する。歴史も軌跡道程も螺旋階段の如く繰り返し続ける。俺は何処に行こうとしているんだ、自分の道はどこへ向かっているんだ、16歳まで軌跡道程まで中心核までそのもの全体全面まで、一つの合一まで完成まで終結までだ。何処までも貪欲に求め続ける。結局物事の調和は唯一つであって、ちょうど宇宙があらゆる体の組合せによってこのような大なる体になっていると同様に、運命というものもあらゆる原因によってこのような大なる原因になっているのである。宇宙の自然の善しとすることの遂行と完成とを、あたかも自己の健康を見るような眼で見よ。君に起ることは、君に処方されたことであり、当初は最も古の原因から紡ぎ出された運命の糸、宇宙を支配する者の繁栄と完成と存続の原因となる。君の後ろに永遠の時の淵が口を開けているのを、前にももう一つの無限のあるのを見よ。自分自身の衝動に従い、自分自身の自然と宇宙の自然とに従い、真っ直ぐ君の道を行き、道は一つ。君はいつでも好きなときに自分自身の内に引き篭ることが出来る。永遠の深淵の横たわるのを喝采の響きの空しさを、全く地球全体が一点、宇宙即変化。人生即主観。宇宙は国家のようなものだ。死は誕生と同様に自然の神秘である。同じ元素の結合、その元素への分解である。有益なるものの本性は必然的にかく働く。すべての出来事は正しく起る。あるがままの姿で物事を見よ。君は全体の一部として存続して来た。変化によってその創造的理性の中に再び取り戻されるのであろう。君が自己の信条とするところに立ち戻り、理性を尊ぶ心に還りさえすれば、現在君を野獣か猿のように思っている者どもも、十日も経たぬ中に君を神様のように思うだろう。何らかの意味において美しいものはすべてそれ自身において美しく自分自身に終始する。おお宇宙よ、すべて汝に調和するものは私にも調和する。おお自然よ、すべて汝の季節のもたらすものは私にとって果実である。すべてのものは汝から来り、汝において存在し、汝へ帰って行く。彼は自分自身に対して罪を犯す。君に何事か起ったか。すべてが起って来ることはそもそもの初めから「全体」の中で君に定められ君の運命の中に織り込まれたことなのだ。寛ぎの時にも真面目であれ。すべてのものが分離分散しながら調和している。すべての出来事も必然的に同じ源同じ泉から流れ出る。万物が変化によって生じ、宇宙の自然は現在あるものを変化させ、同じものを新しく作り出すことを何より好む。或る意味において現在存在するものは全て将来それから生ずるであろうものの種子なのである。宇宙は一つの物質と一つの魂を備えた一つの生き物である。いかにすべてが宇宙のただ一つの感性に帰するか、いかに宇宙がすべてをただ一つの衝動から行うか、いかにすべてがすべて生起することの共通の原因となるか、またいかにすべてのものが共に組み合わされ織り合わされているか、常に心に思い浮べよ。時というものはすべて生起するものより成る河であり奔流である。あるものの姿が見えるかと思うと忽ち運び去られ、他のものが通って行くかと思うとそれもまた持ち去られてしまう。あらゆる出来事はあたかも春の薔薇、夏の果実のごとく日常茶飯事であり、馴染み深いことなのだ。後に続いて来るものは前に来たものと常に密接な関係を持っている。合理的な連絡がある。すべての存在が調和をもって組み合わされているように、生起する事柄は或る驚くべき親和性を現している。我々の内なる主が自らに従っている際には、出来得るかぎり許されるかぎり、出来事に対して常に容易く適応しうるような態度を取るものである。目的に向って、ある制約の下に前進し、そしていかなる障害物にぶつかろうともこれを自分の素材となしてしまう。炎々と燃える火は、持ち込まれたものを忽ち自分のものに同化して焼きつくし、投げ入れられたものによって一層高く踊り上がる。生を享けた者の中でもっとも高貴な魂が息づいている。その魂の類稀な真実さが常に新たに我々の心を打つ。神々の業は摂理にみちて居り、運命の業は自然と結び付き、また摂理に支配される事柄とも織り合わされ組み合わされる。すべてはかしこから流れ出る。更にまた必然ということもあり、君が一部である全宇宙、の利益ということもある。自然のあらゆる部分にとって、宇宙の自然のもたらすものは善であり、その保存に役立つものである。宇宙を保存するのは元素の変化であり、またこれらによって構成されるものの変化である。もし以上が信条ドグマであるとするなら、これをもって自ら足れりとせよ。君が宇宙の一部分であるか、その宇宙のいかなる支配者の放射物であることを自覚する。宇宙の自然とは何であるか、私の内なる自然とは何であるか、後者は前者といかなる関係にあるか、それはいかなる全体のいかなる部分であるか。その体自体は宇宙の中に、それに関する記憶は永遠の中に。いかにして神に接触するか、どんな部分によって、その部分がどんな具合になって接触するのか。宇宙の中に生起することに対する感受性と更に深い洞察力を持っている人には。君は各々の場合にこういう。これは神から来たものである。運命の組合せとか種々な出来事の錯綜とか何かそうしたまわりあわせや偶然によるものである。同胞で親類で仲間である者から来たものである。身体、霊魂、叡智、身体には感覚、霊魂には衝動、叡智には信念。善い人間に特有なものとして残るのは、種々の出来事や、自分のために運命の手が織りなしてくれるものを悉く愛し歓迎することである。人生の終局目的に導く道、目的に向かって自ら自己の運命に適合して歩んで行く。
