彼岸こそ悲願です。
『維摩経』、経典文学の白眉、俗人維摩居士と多彩な登場人物によるアイロニーに満ちた対話を通して深遠な空の思想を鼓吹する一大ドラマである。原典の香気甦る壮大な叡知の結晶。仏陀は覚者さとれる者、世尊は神聖至福を有する者、世間において最も尊貴な者、過去・現在・未来のあらゆる仏陀と菩薩と聖者なる声聞と独覚とに礼拝し奉る。仏陀と共にいる八千の比丘（仏教の修行者）はすべて阿羅漢、汚れ（漏）を尽くし煩悩を去り、（自在の）力を備え、その心は全く自由、知も自由に働き、高貴な家系に属し、大象のようであり、成すべきことを成し終え、為されるべき義務を果たし、（果たすべき）重荷を既に降ろし、自己の目的を完遂し、存在への結びつきをなくし、正しい知によって心は自由となり、心を自由に働かしうるあらゆる最高の能力を完成した者たちばかりである。三万二千の菩薩たち、彼らは優れた知の所有者として喧伝された菩薩大士たち、大神通の修行によって迷いの域を抜け出で仏陀の力によって護られた者、法という城の守護者、優れた法を保持し大獅子吼の持ち主、その声は十方に鳴り響き、（進んで）あらゆる人々のよき友人となり、三宝（仏法僧）の系譜を守る者、魔と敵対者を断ち、あらゆる反論者を征服し、配慮（念）と理知（慧）と理解と三昧（禅定の一種）とダーラニー（教えの要点を理解し記憶する力、後に要文そのものや呪文の意味にも）と弁才（説法への霊感が閃き出る）とを完成し、あらゆる障害とそれの発生（する根源）とから離脱し、障害なき解脱に安住し、施しと三種の戒（規律と不変と抑制）を保ち、忍耐力があり、精進努力し禅定（心を平静に保ち注意を集中統一する、瞑想に近い）を修め、最高の知恵を極め、方便に巧みであり、願いを固め、善を行う能力を具え、また神通の知を備えるという（十種の）パーラミター（波羅蜜多、完成した状態、彼岸に到達した状態）、真の存在は知覚を超越して（本来）不生であるとの確信（無生法忍）を有し、不退転の法輪を転じ（説法）、無相の印をもって印せられ、あらゆる衆生の機根を知ることに巧みであり、いかなる集会においても自信（無畏）をもって圧倒し、悟りへの資材として徳と知とを大いに集め、あらゆる相好をもって身体を飾り、最妙の美しい姿をもち、ヌメール山（須弥山）頂が高い程にその名声も高く、その気高い意欲は金剛に似て堅く、仏法僧に対する不壊の信、法の宝の光を注ぎ、甘露の雨を降らせ、あらゆる人々の言語、話し方に通じ色々の種類の声や美しい音声の持ち主、甚深な縁起の法をよく理解し、或いは有限とし或いは無限とする考えの慣習の絆もすべて断ち、獅子吼にも似て雷鳴の如く大法を説き、対比しうるもの対比しえないもの共に超え、法の宝である知恵と徳の資材を集積した商隊長、真っ直ぐ静寂で微細柔和な困難な法の在り方について通暁し、人々の来しかたと行く末とその願い求めるところを理解する知を有し、仏陀の比類なき知へ導く灌頂をもって灌頂（やがて帝王となるべき皇太子に対する洗礼の儀式、菩薩が仏陀の後継者であり、やがて仏陀となることに喩える）され、仏陀に特有の性格などに対して深い決意を抱き（真っ直ぐな意欲、悟りに向かって発心する、深心、増上意楽）、悪趣【（地獄・餓鬼・畜生・阿修羅、四つの悪い生存の状態）善趣は神々・人間としての生存、合して六趣六道と称する】、に対する恐怖、そこでの災いに対するあらゆる恐怖の深溝を超えて、自分の意志に従って存在の世界に生まれうることを人々に示し、医王の中の大医王、すべての衆生に対する調練の方途を知り、あらゆる衆生の煩悩の病にすべて通じ、適宜に法の薬を配合し、無限の功徳を生む蔵、無量の功徳をもって仏国士を輝かす者、無量の百千コーティニユタの劫の間、無限の徳の流れ。これらの菩薩は、等しく見る（等観）と呼ばれ、等しくかつ等しくなく見る（等不等観）、三昧により神変をあらわす王（定神変王）、法について自在なる（法自在）、法を旗印とする（法幢）光輝を旗印とする（光幢）、光輝で飾られた（光厳）、宝で飾られた（宝荘厳）、大きな飾り（大荘厳）、弁才の峰（弁峰）、宝の峰（宝峰）、手に宝を持てる（宝手）、手に宝印のある（宝印手）、常に手を延ばした（常下手）、常に手を挙げた（常挙手）、常に悩める（常延頸）、常に感官の喜べる（常喜根）、最高の喜びの王（常喜王）、神々の王（天王）、願い（の彼岸）に悟り到達する。障害のない知を完成し獲得した（無屈弁）、虚空を胎蔵とする（虚空蔵）、宝の燈明をもつ（執宝炬）、宝のような勇者、宝による歓喜、宝のめでたさ（宝吉祥）、インドラ神の網（の幻術）を有する（帝網）、網を有する者の光（光網）、知覚の対象なき禅定（無障静慮）、知恵の峰（慧峰）、宝が与えられた（宝施）、魔を征服する（壊魔）、雷電の神（雷天）、神通の王（現神変王）、相の積み重ねを超えた（峰相等厳）、獅子吼し響かせる声、山頂を打ち破る王（山相撃王）、香りのある象（香象）、香りのある牛象（大香象）、常に努力する（常精進）、知恵の優れた（妙慧）、美しく生まれた（妙王）、優れた蓮華を胎蔵とする（蓮華勝蔵）、蓮華で飾られた（蓮華厳）、見通すことに自在な（観自在）、大きな能力を得た（得体勢）、ブラフマーの神網を有する（梵網）、清らかの宝座のある（宝杖）、魔の行為に打ち勝った（勝魔）、国土を飾った（厳土）、マニ宝の傘（珠宝蓋）、友愛ある者（慈士、弥勒）、法の王子であるマンジュシリー（妙吉祥、文殊）と呼ばれ、それらをはじめとする三万二千の菩薩たちである。アショーカ（無憂）世界の四大州から来たシキン梵王以下の一万のブラフマー神、一万二千のシャクラ（インドラ神）、護世（神）、天、龍、ヤクシャ、ガンタルヴァ、アスラ、ガルダ、キンナラ、マホーラガ（天竜八部衆）も集まった。そこで世尊は、功徳の根源である獅子座に坐り、百千の多くの人々に囲まれ、その面前で法を説いた。それはあたかも、山の王である須弥山が海中から聳え立っている様、集まっているすべての人々を覆い赫々と光り輝き威容を持って獅子座の上に座を占めた。持って来られた五百の傘蓋は献上されるとすぐに仏陀の威神力によって大きな一つの宝蓋とされ、そしてそれが三千大世界を包み込むのが見られた。三千大世界の大きさ広さが、すべてこの大きな宝蓋傘の中に現れた。三千大世界の中にある限りの山、大海、湖、沼、池、川、小川、泉、日宮、月宮、星辰、天宮、竜宮、四大王の住処、すべて中に現れた。浄く麗しい蓮華の葉のように広やかな眼をもち、その心は浄らかに澄み、静寂を得て最高の彼岸に到達し善行を積んで功徳の海は量り知られず、沙門として寂静の道を行く。人間世界で最も優れた存在である貴方がなされた神通、善逝の最妙の国土がすべてそこには現れている。不死に導く偉大な法の言葉、それらもすべてこの虚空の中にあらわれている。貴方の最高の法の王国は法をもって統治され統治して人々に法という財産を与える。存在としての諸法をよく分別し最高の真理（第一義）を説き、法について自在であり法王である貴方に頂礼し奉る。世界は存在するのでも存在しないのでもなく現に見られる諸法はすべて何らかの因によって起こっている。
