成功が成功を生むという信条には多くの真実がある。
それは貴方の地位を高め磁石のように更なる成功を引き寄せてくれる。ポジティブな思考回路を持っていて頻繁に現実を確認する。ネガティブなことはポジティブに変わるし問題は解決されるし問題は解決されるし物事は変えられると考えている、成功のイメージを持つことは重要、もっと大切なのは解決策に集中する能力、貴方は勝者となる。文化の発展には民族というものが基礎となる。民族的統一を形成するものは風俗慣習等種々なる生活様式を挙げる、言語というものがその最大な要素である。故に優秀な民族は優秀な言語を有つ。ギリシャ語は哲学に適しラテン語は法律に適するといわれる。日本語は何に適するか、俳句という如きものは日本語によってのみ表現し得る美、大きくいえば日本人の人生観、世界観の特色を示しているともいえる。日本人の物の見方考え方の特色は現実の中に無限を掴むにある。我々は我々の物の見方考え方を深めて心の底から雄大な文学や深遠な哲学を生み出すよう努力する。我々は腹の底から物事を深く考え大きく組織して行くと共に、我々の国語をして自ら世界歴史において唯一の人生観、世界観を表現する特色ある言語たらしめる。本当に物事を考えて真に或物を掴めば自ら唯一の言表が出て来る。美は主客の合一にある。芸術には客観的対象を写すということが主となっているものと主観的感情の発現ということが主となっているものとがある。絵画とか彫刻とかいうものは前者に属し音楽という如きものは後者に属する。建築も一種のリズムを現すという点において後者に属すると考う。全く自己の心持を表現するものとして音楽や建築と同じく書も全くリズムの美を表すものといえる。その静的な形のリズムという点においては建築に似ているが全く自由なる生命のリズムの発現である点で音楽に似ている。書は凝結せる音楽とでもいうべきか。ショーペンハウエルは音楽は物自体たる意志そのものを表現するものだから最も深い芸術だといった。リズムが我々の自己を表す生命の本書、我々の自己に最も直接した芸術、かかるリズムを静的に見る所に芸術として書の特殊的な点がある。書に至っては筋肉感覚を通して簡単なる線とか点とかより成る字形によって自由に自己の生命の躍動を表現する。東洋では書は美術の大なる領分を占める。生を以て生を写す。真の写生は生自身の言表である。生が生自身の姿を見る。我々の身体は我々の生命の表現である。表現とは自己が自己の姿を見ること、物自身の有つ真の生命の表現、詩において物は物自身の姿を見る。生きるとは形を有つこと、自己自身の形を有するもののみ生きたものである。生きたものを生むものには生むものの努力と苦悩あり、己を尽し切った所に生きたものが生れる、生れたものは彼の自己を有する。ベルグソンは『創造的進化』において、動物的生命から植物的生命、物体運動の如きものに至るまで物質面を破って進展する飛躍的生命の種々なる形態なることを論じて、人間の生命は生命の大なる息吹であるといっている。我々の生命と考えられるものは深い噴火口の底から吹き出される大なる生命の焔という如きもの、詩とか歌とかはいうものはかかる生命の表現、かかる焔の光ということが出来る。物質面に突き当たった生命の飛躍が千状万態を呈する如く生命には無限の表現あり、き微たる暁の光も清く美しい、天を焦がす夕焼も荘厳だ。短詩の形式によって所有人生の内容を芸術的に表現するという如き芸術、短詩の形式によって人生を表現する、短詩の形式によって人生を掴む、人生を現在の中心から掴む、刹那の一点から見る、人生は固より一つである。具体的に働き行く人生、環境から見るか飛躍的生命の尖端から掴むか、人生は異なった観を呈し我々は異なった意義において生きる。
