抽象普遍全体的な考え方についての能力ならあるけど、それが現実具体個別特殊的になると忽ち落ち込んでしまう・・細かい事についての能力も物凄く欲しいよ。つまり中心に近付くほど出来る、先端に行くほど難しい。近位項から遠位項へと注目が移動し、目下の注目たる統一性を持った存在へと個々の諸要素が統合されていく様子を認識した。諸要素の統合を内面化とみなすなら、それはこれまで以上に積極的な様相を帯びる。事物が統合されて生起する意味を理解するのは、その中に内在するから、すなわち事物を内面化するからだ。包括的存在を構成する個々の諸要素を事細かに吟味すれば、個々の諸要素の意味は拭い取られ、包括的存在についての概念は破壊されてしまう。こうした意味や全体像の破壊は、個々の要素をもう一度内面化し直すことで修復が可能だ。言葉が適切な状況下で再び発せられ、音楽に集中したピアニストの指が再び躍動し、人相の個々の特徴や模様の詳細がある距離を保って眺め直されるならば、それらは息を吹き返し、自らの意味と包括的な関係を回復させるだろう。意味の修復は初めの意味に改良を施す。部分を念入りに吟味するのは、ただそれだけでは意味を破壊する行為なのだろうが、次の段階の統合へ向かうための道標として寄与し、ひいてはより正確で厳密な意味を齎す。すべての発見は過去の経験の想起である。
