携帯電話も究極完全完璧に直す直る理想的完成形である。
俺の枠の中で内で内部で生まれ始まり広がっている、軌跡道程が時空間が生まれ始まり広がっている。俺の枠の中で内で内部で生々流転だ。俺の枠の中で内で内部で生まれ産まれてから16歳から今迄の時が経ち時間が流れている・・16歳では宇宙最高の頭脳を持ち有していたんだ、頭も心も体も16歳に16歳以上になるんだ。背が物凄く高くて逞しくて良い身体してて胸の中に顔を埋められそう・・剣も合気道も超天才達人、格闘技も喧嘩も絶対圧倒超人的に強い。十人二十人百万人全世界中相手にしたって彼１人の方が全然強い。全時空間に十充分遍充満し永遠無限に、更に時空間を時空間の概念を超越し、そのもの全体全面全部である。そのもの全体全面まで俺だけれど、その中の内の内部の個人単体枠としても16歳擁し含め16歳から広がり16歳以上に絶対圧倒超人的に優れるんだ。そのもの全体全面は俺だとしても個人単体枠として果たしてどれだけ優れられるか、頭も心も体も。この俺の枠の胸の内に宇宙的広がりを感じる、俺の枠の中に内に内部に宇宙創生のビッグバンを星々の煌めきを星辰の運行を超新星爆発を銀河団の衝突を感ずる。意識は常に現実を包含し現実の外まで現実以上、そのもの全体全面を俺を枠でさえ常に意識し、そのもの全体全面と俺と共に動く居る有る存在する。気持ちが大きくなる、心も体も果てし限り無く大きく広がって行く・・全体全面ごと埋め尽くす程に。全体全面ごと埋め尽くせば16歳ごと軌跡道程も自分自身に、大体初めの始めから16歳も軌跡道程も俺なんだ。俺は全世界中埋め尽くすけれど、個人単体枠として世界の何処までを知り理解出来るものやら？だから難しいんですよ、あの追浜古本屋で足腰の負担や部屋や方向で顔醜く屁を扱き捲って軽蔑された時では絶対駄目、中古の自転車で引き締まって手塚治虫の「どろろ」を「すいません、はい、これ一冊要らないんですが、分け売りは出来ないんですよ」などとやり取りしてチッチッチッチッと舌打ちしてハッと眼を大きく見開かれた時ならあの娘を誘うべきだった、六浦テラス八城２０３号室に「今日はー」と神奈川新聞の勧誘なんかに来てたかも（声がそっくりだった）時にドア開けるべきだった？日々別人の個人単体枠には難しかった。森瞬が得意なのバスケットボールだって、見せてもらおうじゃん。運命と心とは一つの観念を表す名称である。子供時代の生活の土台になっていた柱に加えられた最初の切り込み、すべての人が自己自身になりうるためにはまず破壊されねばならなかった。こうした体験から我々の運命の内的本質的な線は成り立っている。自分の世界、自分の良い幸福な生活が過去となり自分から離れてしまったのを凍える心を持って眺めた。また自分が新たな吸根を持って外の闇の中に未知のものの中に根を下ろし定着しているのを感じた。初めて私は死を味わった。死の味は苦かった。死は誕生であり恐るべき更新に対する不安と憂慮なのだから。私は、いつも夢を見る傾向の強い人間だった。現実の中でよりもより多く夢の中に生きていた。私は突然悪魔の網から解き放たれ世界が再び明るく喜ばしく眼前に横たわっているのを見た。私にとっては自分自身に達するために自分が一生のあいだになした歩みだけが興味をひく。私の少年時代に留まる限り、自分の出会した新しいこと、私を前へ駆り立て引っ立てて行ったものについて話をする。暗い潜在的な性質の夢や衝動や願いの中に生きていた。自分の始末をつけ道を見出すことは自分自身のなすべきことだった。すべての人がこの困難を通って来る。自分自身の生活の要求が周囲の世界と最も苦しい戦いに陥り、前方への道が最も激しく戦い取られねばならない人生の点である。多くのものは、幼年時代が腐って次第に崩壊するとき、すべての愛しまれたものが私たちを離れようとし、私たちが突然宇宙の孤独と恐ろしい冷たさを身辺に感じるとき、一生のうち唯一度だけ私たちの運命であるところの死と再生とを体験する。暗い世界、別な世界が再び現れた。救世主の苦難と死に関する聖書の記述は早くから深い印象を与えていた。悩ましくも美しく青ざめた気味悪い極度に生き生きした世界の中に生きた。バッハのマタイ受難曲、不思議な世界の暗澹と力強い受難の輝きが神秘的戦慄をもって浸した。音楽の中に、また「神の時は至上の時」（悲壮な行為）の曲の中に、すべての詩と芸術的表現の精髄を見出す。旧約と新約の神全体は成る程立派なもの、その神は良い気高い父らしい美しい高い多感なもの、世界は他のものからも成り立ち、それはすべて無造作に悪魔のものに帰せられている。全世界一切を崇め重んじるべきだ。神の礼拝と並んで悪魔の礼拝を行う、悪魔をも包含している神を創造する。この世の最も自然なことが起きる。彼は激していた。私自身の考え、私自身の神話、自分の問題はすべての人間の問題であり、すべての生活と思索の問題だという悟り、神聖な影のように突然私の上を掠め過ぎた。全く自分独特の個人的な生活と思考とがどんなに深く偉大な思想の永遠の流れに関係していたかを知り、また突然そう感得した、不安と畏怖に襲われた、確証と幸福感を与えた。責任の声、少年から青年へ、子供から大人へ、一人立ちになるという声とを宿し、厳しく荒い味がした。彼の眼差しの中に再び異様な動物的な時間の超越と想像を絶する年齢とを認めた。
