枠は枠の軌跡道程としての時空連続体なのだ。全身黒尽くめの真っ黒い塊・・舞踏家武闘家格闘家・・体格に恵まれた彼だから大丈夫。あらゆる分野の全部の専門領域まで知り理解し尽せる。16才は一点、今は全面、枠はその中心核、何もかも全部一つ、16歳も中心核も丹田も枠もそのもの全体全面まで俺という一つ。残し余して来た力が有るなら全部そのものに中心核に16歳に一つに合一し成る為に使い切る尽す果す。服装にも本人だけの異常な拘りがあるのね、顔だって良く見れば凄く綺麗な少年のように端正な子供のように可愛い顔立ち、16歳の今、今の16歳、枠としてもマトモに優れてくれー！！広げ広がり移動し切り一つに合一し、全体として一つに纏め纏まる。歴史は事実の羅列だけれど、過去の全部の哲学は今に生きて居る。その軌跡道程の頂点に立つ全部が合わさった最も進化成長発達発展した形態が今である。自分自身が歴史の軌跡道程そのものでもある。全部の過去が今に甦って蘇って来る。16歳から広がる時空連続体としての枠、中心核枠に一致団結総結集！！全体から枠ごと中心核に矯正する。中心に位置し丹田からの枠からの俺への16歳丹田からの中心核枠からのそのもの俺全体への絶対的圧倒的全面的広がりを感じられる。またあの人が来る、またあの人に会える、16歳に出会える・・あの16才で蚊に血を吸われてから、カルシウムのお菓子ビタミンサラダカルシウムや栄養を沢山摂取してＶ字回復し一気に上昇したのも理解し難いけれど、宇宙最高からカルシウムのお菓子ビタミンサラダカルシウムを食べ過ぎて頭蓋骨を締め付けて主要部分を枠の外に出し出てしまってから、足腰の負担や虫歯や薬などで一気に何処までも落ちて堕ちて墜ちて落ち振れ落魄零落してから、その後は何故か回復して（それでも一番良かった時期でも16才の十分の一にも・・）、中古の自転車があった頃は引き締まって身体を引き伸ばし延ばしてた頃は見目麗し美しく、多少マシになったのも意味不明である。その後の流れもまた異様に想像を絶していた。今だって、字のせいなのか、精神的には今が今迄で一番くらいに超変化激しいもん。枠としても永遠の時間と無限の空間を持ち所有しているのだ、だから枠も無限の力を能力を広大な領域を持ち所有している。俺の枠、枠の俺、だ。そのものも俺も唯一つ中心核枠だけに集め集まる固め固まる。意識の糸がプツリと切れた、繋がっていた最後の線がブチッと千切れた。意識を全体まで広げ広がると共に16才に意識を集中するんだ、全面展開と一点集中を同時にやるんだ、そうすることで枠が成るべき中心核も形作られる。私の生涯に一つの時期を現し精神史上の転回点の一つとなった。物みなの底に一つの法ありと、日にけに深く思ひ入りつゝ。神々の力の顕現、自然現象相互の関連の解明・・自然の持っている力の一部分は人間の手で自由に出来る。自然界の様々な事象を現出せしめる仕掛けが、どんなに複雑微妙なものであったてしても、それがもともと人智を超越する神の手によって創り出されたものであったとしても、この仕掛けさえのみこめば、自然を理解し更に進んである程度まで支配し得る。地球及びこれをめぐる無数の星からなる宇宙全体の組立、それはあらゆる自然哲学の中心問題の一つであった。そしてここに、長い歴史時代を通じての天文学と理論物理学との絶えざる交渉の発端が見い出される。宇宙観と物質観とは、しばしば互いに表裏一体をなしていた。この宇宙を組み立てる素材としての物質の本性が問題となる。そしてどの自然哲学も何らかの原質を仮定した。それは最初は人間の生活に最も親しく、且ついたるところに遍在すると考えられる水であり火であり土であり空気であった。他のあらゆる物質はこれらの原質の複雑な混合体と想像された。原子論と連続論とは長い間対立して存続し得たのみならず、原子論の側においては原子自身が想像の産物であったから、互いの神話の間に異同があるごとく、互いに類似し、或いは互いに相違する種々の原子模型が幾種類でも考え得たのである。錬金術の形で発芽した化学が今日の姿にまで成長し、そこに更に原子物理学の美しい花を開くにいたったことや、或いはまた、現代の人々にとって迷信の標本に過ぎぬ占星術が長い間、一面においては真の天文学と背馳しつつも、反面においてはその進歩の促進者でもあったこと。
