生まれてから16歳から今までの人生を軌跡道程を全体を巨視大局包括的に見る。
永久普遍の真理に近付け付いて行く事も重要だけれど、知った部分同士を連関させ繋ぎ合わせる事も重要だ。大体あの鎖骨折る前は多少マシな状況があったんだ、鎖骨折ってまた駄目に落ち込んでしまった・・２１歳、男ならまだ子供と言えるほど若い。中古の自転車で引き締まっていた時は二十歳だ。自然に関して創造の反覆は終末時に於ける天地の変容を意味する。まるで書き物の巻物をくるくると巻くように、我らが大空を巻き上げる日。最初の創造のとき創り出したと同じようにまたもう一度繰り返す。これは我らが自分に決めた約束だ。するといったら必ずするぞ。原初の創造は後世の被造物を保持養育する神の働きと連続する、乃至は創造は、遥かな時間の隔たりをも超え越え後世の人間の誕生と重なり合った一体のものとしてコーランに於いて把えられていることに創造と歴史との繋がりが見出されたとするならば、ここでは更にすすんで、アッラーの意志が働けば、創造それ自体、歴史の直中に反覆され、かくて創造は歴史の中に入り込み変革することが出来る。天の大空には光が生まれ、昼と夜との間を分かてよ、それらの光はしるしの為、日の為、年の為に役立つであろう。またそれらは地を照らす為に、天の大空のある光となるだろう。『創世記』神は人を御自分の像の通りに創造された。彼アッラーこそは真実をもって天と地を創り給うた御方。ただ「なれ」と仰ったその日、天地は出来上った。その御言葉は真理。あるいは更に万物の創造一般について、我らアッラー何事かを欲するとき、ただ一言、これに「在れ」と言いさえすれば、忽ちその通りになる。まことに我らはいかなるものも全てよく量って創っておいた。しかも我らの命令はただ一言、目ばたき一つするようなもの。周知のようにコーランは、ムハンマドの預言者として活動した二十年の間に間歇的に下った啓示が後になって集大成されたもの、そこには年代的に異る種々様々な断片が混り合い重なり合っている。巨視的な立場より全体包括的に見るならば、急速の進歩を遂げた本文批評学によってコーラン本文の年代づけは基本的には確立していると見られる。それによれば啓示の時期は概括的に初期、中期、後期の三つに分けられる。アッラーこそは真実をもって天と地を創り給うた御方。ただ「なれ」と一言仰ったその日、天地は出来上った。その御言葉は真理。ラッパが一吹き奏されるその日、一切の権能はその御手に帰す。不可視界、可視界二つさながらに知悉し給う。まことに限りなき智恵と知識とを具え給う。我らは何事かを欲するときは、ただひと言、これに「在れ」と言いさえすれば、忽ちそのとおりになる。天地自然および人間の創造が具体的に述べられているのに対して、言葉による創造に於いては、より抽象的乃至は象徴的に述べられている。天地自然および人間は、或る意味で分析的説明的描写的に表されているのに対して、単に「在れ」と言い給うとそうなった、という言葉による創造は、より包括的、全体的、宣言的、命令的である。どちらに於いても唯一絶対の神アッラーによる天地・人間の創造が述べられておりながら、神が自然および人間の側に立ち、いわばそこに内在しつつ創造することが描き出されているのに対し、言葉による創造に於いては、アッラーは自然・人間を遥かに越える存在として超越的に創造すると考えられている。アッラーの創造を自然および人間に内在する立場から、その同じ創造を自然・人間を遥かに絶する超越的な立場から見ている。言葉による創造とは、創造という事態に於ける神の側の構造を表すものである。脳のネットワークも完全に繋げ繋がり素晴らしく連携しさせされる。力が出て来た・・全部の時期あらゆる頃あらゆる時の自分達枠達も今枠になり協力してくれる。全部の時期あらゆる頃あらゆる時の枠の軌跡道程の積み重なり上がり合わさったのが今中心核枠、俺の財産は、鍛えに鍛え込み抜き上げ変質させた個体としての枠、積み重ね上げた軌跡道程、広げ広がり続けた領域だ。アッラーこそは汝らのために地上の一切のものを創造して下さった方。（地上の創造が終ると）今度は天に昇ってそれを均等に七つの天となし給うた。まこと、アッラーはあらゆることに通暁し給う。始めに神が天地を創造された。地は混沌としていた。暗黒が原始の海の表面にあり、神の霊風が大水の表面に吹きまくっていた。先ず神が「光あれよ」と言われると光が出来た。神は光をよしとされた。神は光と暗との混合を分け、神はその光を昼と呼び、その暗黒を夜と呼ばれた。かくて夕あり、また朝があった。『創世記』に関しても、神は天地を無から創ったか否かが古くから論議されて来た。今日では既に在った混沌から神は天地を創造した、という見解が旧約学上の通説として認められている。再びコーランの例に戻り、一枚続きのものとして既に在ったものを解くという過程として天地の創造が表されている。常に何らかの形で既に在ったものからすべては創造された。空間的位置の様々な過程によって創造された天地が終末に臨んで示す変容の仕方は空間的位置の変化、創造のとき立てられた空間的秩序の崩壊という形で把えられている。人間も墓から引き出され神のもとに集められる。人間の体を形作っているものの質的変化が認められる。コーランの考える終末時の復活とは、死んでばらばらの骨の欠片になってしまった人間が再び元の人間の姿に戻る。墓の中身が引き出され胸の思いが悉く引き出される。彼らのことは何から何まで全部御存知ということが。精神的に剥き出しになる。人々すべてを召喚する。
