誰が何と言おうが俺の方が絶対に正しい。
今枠脳心身体の全部の中身も吐き出し押し流し中心核、中心核としての今枠脳心身体こそ史上最も優れた個人単体、世界内絶対圧倒超人的存在、世界そのもの全体全面、現実そのもの、全世界中自由自在一つに纏め纏まれる。女も薬剤栄養物質も集め集まれる。
富永由希子か林彩抱いてれば山田専務社長になって株式投資とフリーライターで稼げたかも？これからやるんだ。根本的に人間自体が変わる、骨髄移植から培養増殖からの自己投与で再生さる。16才から人生軌跡道程全時期も今枠脳心身体に無限重層次元的に積み重ね重なり上げ上がっている。森瞬がセブンイレブンで電影少女を立ち読みしていた。今この瞬間に神に超人に16歳に軌跡道程に中心核に全時期全部そのもの全体全面に完成っていることを期待している。世界に一体化すれば金も女も何もかも全部自由自在だ。これから現実にスマートドラッグと神経伝達物質受容体作動薬飲み骨髄移植してから女も抱く大成建設社内問題も解決し父親も出世させられる。脳心身体ごと筋肉も骨も修理回復しされている。どうしようもなく酷過ぎる現状況も後悔すべき汚く恥ずかしい過去も失敗もトラウマも他人絡みも人生全問題解決しされ書き換えられ収斂しされている。
今我々は彼の著書或いは語録を読んでいる。彼の強い人格が躍如として現れている。我々は彼に参ずることが出来る。坐禅し瞑想する。人類の持った宗教が様々の特殊な形に現れ歴史を持つのは何故か。宗教の真理はあらゆる特殊、あらゆる差別、あらゆる価値をしてあらしむるところの根源、ただ一切分別の念を撥無した最も直接なる体験においてのみ感得せられる。人はその一切の智慧を放擲して嬰児の心に帰ったときに栄光に充ちた無限の世界に摂取せられる。確かにそこには一切の根源がある。それは自分の生命であり宇宙の生命、あらゆる自然と人生とを可能にするところの一つの大いなる命、永遠なる現在、この瞬間に直感せられ得るもの、ロゴスの思想にも不断に創造する宇宙の生命の思想にも共鳴を感ずる。時にはかくのごとき全一の生が例えば限りなく美しい木の芽となって力強く萌え出でて来る不思議さに我を忘れて見とれる。御意のままにという言葉を全心の確信によって発言し得る心境、知られざるある者が知られたる者に化すること、イエスが神を信じた如くに自分のある者を信じ得ること、唯一絶対なる宗教の真理が苦しみつつ追い求める最高の価値として感ぜられる。祈りの対象たる者が人格的なるある者、絶対者でありながら個性的な者、自分を包摂しつつしかも自分と対するもの、このある者が聖霊によってある人を神的に高め、雲より声を出す神と浄土に坐する阿弥陀仏がその直観的な姿において甚だしい相違を示すにもかかわらず神を愛なりとする直観においては両者は極めて近い。キリスト教と浄土教は似ている。根を等しく共に絶対者を現すゆえに、すべて永遠にして神的である。我らは新しく神を求める。キリストの神、親鸞の仏をすべて象徴的表現と見、それらの各々に現されしかも現しつくされない神を求める。彼らは直観せる姿において神と仏との実在を信じた。我々はここに特殊な形を感ずる。かくのごとき観察によって自分は、宗教的真理がただ特殊な形によって現されるという。一切の宗教は、この絶対の真理を直感したある特殊な人格の周りに、この真理を願望する無数の心を吸い寄せ、そこにその時代特殊の色を付けつつ結晶したものである。宗教の真理が本来永遠なる「一切の根源」、特殊な形で現れる現実の宗教が歴史的に変遷する。果てしない思慕と追求を人類の歴史の巨大なる意義として感ずる。いかに迷い苦しみ願望しつつ生き有限の心に無限を宿そうと努力するか。人は深い永遠を欲する。欲する心は過ぎ行く心、ある者はその心に無限なるものの光を湛え、一切の光景が無限なるものの徐々たる展開、神の国の徐々たる築造、あらゆる既成の宗教を特殊な形と認める者には宗教もまた人類の歴史の一部分である。
