軌跡道程を経て遡り辿り16歳まで若返る枠だ。
沢山寝て頭スッキリした気分だ、全神経が完全に繋がり伝達連絡された感じ、過去の全部の枠も今枠に身体浮き上がった感じだ。空虚を周囲から限る形式、抽象の中に留まってゐる哲学者は、普遍化を増加して行く道を通って事物の統合に進むと信じている。上の世界に於ては多彩の光線の限りない多様をその不可分な統一の中に含んでいた白い光が輝きを発揮して現れる。一つ一つの色合いが分けて持っている白い光、固有の色彩を引出して来た元の共通な照らしが示される。古代の大理石を静かに眺めてゐると、真の哲学者の眼には、哲学の教科書の中で混雑に見出されるよりも多くの真理が集中したものとして湧き出して来る。形而上學の目的は、個別的な実在の一つ一つにその固有な色合を與へながら、そこを通してこれを普遍的な光に結びつけてゐる特殊な光線を、個別的な実在の中で再び捉え、それらが発する光の光源まで辿ることである。潜在的な勢力の展開と自我の覚醒に貢献した外部の刺激は多数にあった。同感ですな、中心から末端まで明確に知覚できる。常に更新され続け変身脱皮し続ける枠、全部の枠も今枠に集まり合わさったとする。事象が新しいものとして創造されて行くにつれて、そのイメージは自分の後にある不定な過去の中に反映する。そのイメージはいつでも可能なものであった。しかし丁度その瞬間になって初めて常に可能だったであろうということになる。そのイメージの可能性は一度事象性が現れてしまうとそれに先立ったであろうということになる。可能的なものは過去の中にある現在の蜃気楼なのです。可能性は出て来る時節を待っている亡霊のようにずっとそこにいた。何かを附け加えて血か生命を体に充たして事象性になった。可能的なものはそれに應ずる事象性の他に、尚そこに附け加わる何かを含んでいるというのは、可能的なものは一度現れた事象性とその事象性とを後に追いやる装置との結合した結果だからです。大部分の哲学に内在し、人間の精神にとって自然な、可能的なものは実在を獲得することによって事象化されるという思想は全くの錯覚？世界は最大の芸術家の作品よりも豊富な芸術品、未来が予め描かれていて可能性が事象性よりも先に実在していると想定するのは虚妄ではあるまいか。生命も意識も中に藏めている具体的な完足的な世界を取り、どんな芸術家のデッサンにも匹敵するほど独創的で新しい形を持っている種を生ずる自然全体を考察し、それらの種の中で又銘々固有の特性、その自我とさえ云いたいもの、を持っている植物なり動物なりの個体を観察し、個々の人間を越えてどんな劇にも比すべき行動と状況を展開する社会まで昇って行って御覧なさい。現在によって過去を、結果によって原因を絶えず作り直して行く仕事は前から後へと続けられる。可能的なものをその正しい位置に戻し、未来の戸口はすっかり開かれ無限の広野が自由に向かって拡げられる。事象的なものが可能になる。古代哲学では、『存在』はプラトンのイデアの体系の中に一度にそっくり完足的な完全なものとして與へられていた。我々の眼前に展開する世界の次々に起る状態は、時間の中に投ぜられた影とも云うべき、あるものと、永遠の中に座を占めるイデア、あるべきものとの間の増大し若しくは減少する距離を測ることになり、欠陥の様々な程度や空虚の変化する形を描き出すことになる。すべてを毀なった時間を永遠を攪乱する闖入者と扱った。近世哲学は時間を単なる現象と見たがっている。哲学は現象の動く世界の中に絶対的なものを見出す点で得るところがあろう。そこに一層大きな喜びと力を感ずるという利益を得る。眼前で発明される事象が絶えず満足を與へる。我々の要求の恒常性によって眠らされている感覚が先ずそこに認めていた固定と単調の彼方に、事象は絶えず蘇る新しさ、事物の動く独創性を我々に示してくれる。我々の眼前に続けられて行く仕事に我々も参加して自分自身の創造者となるように感ずる。我々の行動能力は凝集しながら強度になって行く。それまでは服従の態度を取って卑しくなり自然の必然性の奴隷になっていた我々が、もっと偉大な『主』と協同して働く主人として身を高めるようになる。それが我々の研究の結論になる。可能的なものと事象的なものとの関係に関する思索こそよく生活するための準備となる。すべての哲学者のうちでも特に体系的な天才アリストテレスは綜合よりも寧ろ概念の分析を重ねて行った。その方法は、言語のうちに蓄えられた様々な観念を取ってそれを立て直し若しくは新しくし、定義を以て限り、自然的な分節によってその外延及び内包を定め、できるだけその展開を推し進めることであった。しかもその展開を一遍に果したことは稀である。様々な論文に於て同じ問題を度々取上げ、同じ道を新規に辿り、その度毎に少しづつ先へ進んで行ったのである。思考もしくは実在に含まれている要素は何であるか、素材、形相、因果、時間、空間、運動とは何であるか。何十という他の点に就いても地盤を掘った。脳の発生過程が全部わかる。ニューロンが幹細胞から発生分化し、軸索や樹状突起を伸ばして結合し合い神経回路を作っていく。脳形成の秘密そのものがわかる。一群の脳形成にかかわる遺伝子群が出す情報分子の複合的かつ連続的な作用の積み重なりによってなされる。各遺伝子の発現には、発現にかかわる諸因子の働きがあり、その諸因子ができるためにはそれを作る遺伝子が発現していなければならないという遺伝子と因子の相互作用が重点的に組み立てられている。脳が作られていく過程というのは、それにかかわる沢山の遺伝子がカスケード状に（雪崩現象的に）発現していく過程なのである。主人公は理想のヒーローだ、そう思い込んでいるんだ、そこを上手く表現するんだ。自殺する気も意識飛んで全体となり失せたな・・常に枠よりも16歳から中心核からそのもの全体全面まで俺である。直観の領域即ち事象的な個別的な具体的な事物の領域で感覚的な直観の下に悟性的な直観を求める。心の視覚の強い努力によって、事物の素材的な外皮を貫き、事物の素材性が展開し示現する、方式を読み取る。そうすれば存在を互に結合する統一、なまの素材から植物へ、植物から動物へ、動物から人間へ進んで、それ自身の実体に凝集する結果、集中に集中を重ねて、自分自身を考えることによってすべての事物を考えている神の思考に終るような思考の統一が現れてくる。アリストテレスによってその規則と実例を與へられた悟性的な理論である。形而上學の建設者、哲学そのものというべき思考方法の着想者である。
