今全枠、今枠＝全枠
帰納法と演繹法を組み合わせて考えて行くんだ。16歳から少年のように若い。大浦にも和田にも相手居てやり捲ってる姿を想像してもショックだった、ダイエー荒瀧にもセブンイレブン泉川にも多分嫌な顔されショックだった、それでもこのファームデリ店員に相手居てやり捲ってる姿を想像するのが一番羨ましくてショックだ。この相手が居たのはダメージでかいな。俺は詩に感じる心も神秘学理解する宗教的感覚も哲学を理解する論理的思考力もマクロ経済的鳥の眼もミクロ経済的虫の目もあるけれど、16歳よりも基本的な脳のパワーと英語力、それに細かい専門的内容を理解し覚える能力に欠ける。現実具体特殊的能力に欠ける。経営や現場、企業家、経営者を知ると「どんな人か」「どんな会社か」が多少見える知れる。天分に得るあり、学に得るあり、天分識ありて学を兼ぬる人、プラス学、大事を預けて断ずべく百千年のことをも議すべし。見識と度量を兼備した人物。果てしなく強烈強力な意志思念の力、実現実化だ。日本人独特の考え方に「言葉として口に出すとそれが実現してしまう」という言霊信仰がある。経営者が現場末端まで、中心である永久普遍的真理から具体特殊専門分野先末端まで全体ごと知れる。天下の大政を執るほどの者は自分の力量に自信を持って臨み大きな仕事を仕遂げる。天下の政事を一手に引き受けるに当たっては、少々の圧力は撥ねのけ徹底してやり抜く才力が必要だ。自分の器量一杯やり捲る。自信を持って重責に望む。自ら任ずる。俺がやるんだ、俺なら一つやってのけるぞという自任が必要である。器量は人物である。自分の人物一杯実力一杯に全力を挙げる。聖賢と英豪(英雄豪傑)との違い、英豪の意見は時として用うべからず。聖賢の語は何処に行っても用いられる。ＧＥのＣＥＯジャック・ウェルチ・マジック、ＧＥを時価総額世界No１企業に成長させた。彼が最も重視したのは人材育成と評価である。経営は人、人材を育成して公平に評価しダメな人材をクビにして良い人材を残すというシステムの構築にひたすら力を注いだ。会社は緊張すれば良くなる。経営の真髄だ。ＧＥは生産性が81年から01年までの間に売上高が５倍に増える、生産性は５倍になった。更にウェルチ氏に鍛えられながら厳しい社内競争に生き残った人たちは、いわば高地トレーニングを積んだマラソンランナーのようなもので極めて優秀だ。今やアメリカの大企業には綺羅星のごとく大勢のＧＥ出身者がいる。ウェルチ氏はＧＥという会社を深く研究してチューンアップし潜在的なパフォーマンスをとことん引き出した経営者といえる。彼から学ぶべきことは、一つの会社を究極までチューンアップした執念である。良い会社の条件・・事実上グローバルな性格を持つ、革新的で急速な成長を遂げる、社員が企業活動に積極的に関わる、中間管理職の間でも一般職の間でも、あらゆる場面でスムーズな情報の流れを通じて企業が運営されている、対等な関係のお客様がいる。本当の意味でお客様に深く関わってもらう。お客様と企業が協力してプロジェクトを実行する。お客様と共に生産性を向上させる。そうした企業は真の意味での統合的な組織となり更に優秀な社員を獲得し続けるでしょう。そういう企業は素晴らしい機会や優れた訓練を与えてくれるので、社員はより多くの報酬を得て夢に到達できる。時代も国も超え越えた良い企業の条件だと思います。資源開発会社と製造業は、事業計画を立てる時の時間軸が余りにも違いすぎる。製造業は四半期ごとに結果、資源開発会社は埋蔵量を確認して試掘を始め市場に出すまでに10〜20年かかる。製造業には何千人もの共同の知恵が必要です。一人一人が新しいアイデアを考え少しづつ地道に改良し続けていく。資源開発会社には大当たりがある。例えば石油が出たり銅価格が上がったり・・それはごく稀に起こり変動性も高い。大当たりになれば会社の他の部分からエネルギーを吸い取ってしまう。トヨタは偉大な自動車会社、次から次へと適切な手を打ってくる。今までの三人の社長（豊田章一郎？奥田碩、張富士夫、渡辺捷昭）の在任中は、ずっと良好な経営が行われてきた。最近も素晴らしい一手を打ったばかりです。ミシガン州で研究開発業務の現地化を進める方針を打ち出した。ミシガン州は研究開発に最適の場所、あらゆる才能が手に入る。今関心を持っている事業や企業は？私が気になっているのはバイオテクノロジー分野、バイオテクノロジーとITの融合、更に今では遺伝子療法によって信じがたいことができるようになりつつある。その最前線にいるアメリカはじめ世界中に何千もの会社があって健康や寿命についての既成概念を変えようとしている。素晴らしい可能性に満ちた分野です。東欧の起業家は活力に満ち教育レベル高く素晴らしい工学技術的能力を持っている。ハングリー精神がある。東欧諸国の発展によってヨーロッパはその姿を変貌させるでしょう。今ヨーロッパの発展が東側に大きくシフトしている。大前研一・・私は毎年、日本企業の経営者や役員50人ぐらいを同行して世界のお金がある場所、お金が流れ込んでいる場所を旅している。東欧中欧諸国の発展ぶりに目を見張った。フィンランド、スウェーデン、デンマーク辺りの北欧諸国の競争力がかなり上がってきた。小国は大国よりも素早く動ける。北欧諸国は教育制度がすっかり変わった。デンマークでは今や先生は子供たちが活発に議論を進めるためのファシリテーター（進行役）、デンマークは企業に社員をレイオフさせて別の産業へ還流させるという点でも画期的な変革を遂げた。昔は学習量とその効果は均衡していると考えていた。今は当時より更に学習の速度も量も範囲も大きくなっている。毎日がとても変化に富んでいる。この生活はとても楽しい。世界のあちこちから新しい情報や論争が入ってくる。「自分だけが特別だ」という意識が常に必要だ。自らの徳と日頃の行いが人々を感化していくという行き方、自ずからにして人々は心服する。権略、手段・方法、手練手管に偏る名君は警戒される。蕩然としてスケールが大きくて屈託ない、身体の内部に何ともいえない暖かい徳が充ちてその人徳が外に現れるときに心服する。自分に備わっている徳義が自ずから人を蒸化する、人をいい気持ちにする、そういうふうに自然に出来上がっていく。自分の徳義が自然に相手を化していく。蕩然たる徳意内にみちて外に顕わるる時、施も大いに必要だ。寛大ということは大事だ。人の上に立つ者は、よく人を識り、その人物に任せる。そして表面と内実をよく吟味し、事の本末をすべて明らかにして督励する、世の中を治める政術である。国家の政治を執り行うについては、公儀ということを立てたいと存ずる。国家の禍は、とかく君主の自分勝手な私欲から起こり、あるいは大臣たちの私心から起こり、また多くの下僚たちが私党・派閥を組むことから起こるものであります。その根本原因は、公の国家を忘れて私に惹かれるからであります。この禍を救うための方策として、公儀を立てることを提唱致します。公儀とは私に対する公、部分に対する全体の立場です。君主は国家社会（社稷）のための存在であるから、日頃の言行はすべて公の立場から発する言行である。君主と臣下とはぴったり和合すべきものであり、政府にはただ公
