魂で宇宙空間を旅したい。
この感覚的現実世界をも己に一致させる、そうする事で枠も世界も自由自在となる。現実を超え越えたい超越したい、この感覚的現実世界から超感覚的世界へ地上から宇宙へ飛び出したい。「肉体」の外部も己の内、あらゆる修得も全体たる己の部分の再確認再認識、個より全、個体より全体でありたい、己の意識だけで宇宙全体を包み込みたい。あらゆる他者も自分自身の中に内に内部に既に包含包括包摂されている。意識的にも現実にも世界全体となる。軌跡道程に沁み滲み込み渡り通り浸透し歴史をも包括し時空間を超越したい。過去の16歳の自分になりたい。外なる世界と内なる世界、外なる法則性と内なる道徳性との間に横たわる深淵は、ただ自由な魂だけが橋をかけることができる、と彼は感じていた。近代的思考は言語の文法構造の分析と厳密な規定を繰り返しながら経験世界に対応する観念世界の構築にばかり気を取られている。オカルト的認識、この立場は人間の魂が自分自身並びに外なる世界を本当に体験するためには、人間の魂が特別の進化を遂げなければならない。通常の知覚体験、悟性や判断力を克服して魂の中に萌芽として存在している超感覚的認識の力を育成する。すべての神秘学は、それが現代人の魂の要求に応えようとするのであれば、時代の要請としての意識化することの意味を、つまり自由であることの意味を理解していなければならない。意識を明るく輝かせることによって自分の中に宇宙を体験しようとする。意識を明るくすることと精神の自由を獲得することが同一であることを示す。意識の光を輝かせるとは、自己意識的な自我が思考を働かせること、自我が思考の中で生きるとき、自我は主観的観念の中を遊泳し宇宙の中を生き始める。最も内なる思考体験と大宇宙の営みとの同一性を明らかにしようとする。思考行為においてこそ宇宙の秘密の一端を掴む。自由を宇宙過程を表す概念として論ずる。人間の内部には地上的なものも壮大な宇宙過程も働いている。宇宙過程が人間の内部に取り入れられて内部で生かされるときに人間の最も内奥のものを宇宙的なものと感じるときにのみ自由の哲学に到る。自然法則や社会的因襲の強制から脱して自由な精神になることが究極の倫理的目標なのです。魂の道を生活の道と一致させ調和させる。『自由の哲学』は問題の出発点として取り上げた人類の運命の問いに答えるために書かれた。自分の存在の奥深くに微睡むものを無意識の底から意識の明るみへ引き出し自由な存在を自分の中で育て上げる。個別特殊を突き進め詰め先端の極に達し破った所には普遍一般全体もある？意志の自由を完全に是認しうるためには先ず始めに意志が自由に生きられる魂の領域を見つけ出す。謎に満ちた人生そのものに拡がりと深みとを与える。運命が人生のそのような拡がりと深みとを求めている。人間の魂のすべての営みに深く関わる認識の在り方こそが、その認識の正当性と有効性とを証明している。十分に深く自分の本性の根底にまで降りて行くことができるならば我々一人一人の内部には高貴で価値あり発展するに相応しい何かが必ず存在している。完全な全体は一人一人の個体の独自の完全さの上に成り立つ。宇宙進化に組み込まれていく。現象は個体の最高度に高められた自由衝動から生じる。人生には数多くの領域あり一つ一つの領域のために特殊科学が発達を遂げている。人生そのものは一つの統一体、再び人間に充実した人生を返してくれる諸要素を個別科学の中に求めようとする知の在り方が必要である。専門的な認識内容を通して世界の諸活動を意識化しようと望んでいる。学問それ自身が有機的に生き生きとなる。哲学者はすべて概念芸術家であった。彼等にとって人間の諸理念は芸術素材になり学問の方法は芸術技法になった。抽象的な思考は具体的で個的な生命を獲得する。我々は知識を自立した生きた有機体にまで作り上げた。我々の活動的な現実意識は専ら受動的に真理を受け容れる以上の課題を背負っている。魂の個々の能力を高めるよりも微睡んでいるすべての能力を発展させることが個体の究極目的なのである。知ることは人間本性全体のあらゆる面での発展に寄与するときにのみ価値を持つ。人間が理念界を自分のものにして単なる学問的な目標を越えた人間的な目標のために用いるように学問と人生との関係を考察する。
